黒い光輪。/田中宏輔
 
I あがないの子羊



I・I 刺すいばら、苦しめる棘


その男は磔になっていた。
目は閉じていたが、息はまだあった。
皹割れた唇が微かに動いていた。
陽に灼けた身体をさらに焼き焦がす陽の光。
砂漠の熱い風が、こんなところにまで吹き寄せていた。
腕からも、足からも、額からも
もうどこからも、血は流れていなかった。
砂埃まみれの傷口、傷口、乾いた
血の塊の上を、無数の蠅たちが
落ち着きなく、すばやく移動しながら
しきりに前脚を擦り合わせていた。
頭の上では、それより多い蠅の群れが飛び回っていた。
蠅が蠅を追い、蠅の影が蠅の影を追っていた。
男の目が、微かに
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