ブラックチェリーの香り/野島せりか
 
グラスのぶつかり合う音
ワインを注ぐ音
私の右耳に響く低い声

ひと晩中 どうでもいいことを何気なく話すように
今欲しいのは 確かな手応えだと言ってみる

イイ香りね
ワインだけじゃなく あなたの香水も
あなたの腕に触れるか 触れないかのように
感じた温度が心地イイ
うつむいた顔をあげると
やわらかな唇が落ちてきた
ひんやりとした煙草の香りと
ほろ苦いブラックチェリーの香り
唇の方がもっと心地イイと思った

「服を脱いで」
と言われるのを待っている
慣れているわけではないけれど
見え透いている
私の胸に はたと手を掠めて
窮屈そうに体勢を変える

露わになった気持ちをかき消そうとしているのか
あなたに分からないように

このワインを飲む前までは

空になりかけたグラスに
もう一杯だけ欲しくなる
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