弥生湯/リリー
 
 暖簾のむこうに彼がいて
 いつも私を待っててくれた
 あの頃
 
 石鹸の匂いするあなた
 寄り添って
 絡める腕のまだ熱る
 そうやって
 歩いた夜道の風を覚えてる

 洗い髪な私がまっすぐ帰るのを嫌がると
 あなたは下宿の近所を一回り
 あの道灯りを覚えてる
 
 ワンディーケイな部屋に帰った
 あなたはいつも
 冷えた缶ビールを飲んでいた
 私は何を飲んだかしら?
 それは覚えていないけど
 暖簾の向こうに居てくれた
 あなたが買ってくれたフルーツ牛乳
 飲み干した時の
 うれしさだったら覚えてる

 そんな夏の、
 過ぎていつからか私が行かなくなった彼の部屋
 そして或る日あなたは教えてくれた

 「あの銭湯が、無くなったよ。」

 胸の奥で
 おうむ返ししたあなたの言葉 今も覚えてる


 
 
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