湯の星より/本田憲嵩
 
俺はあした温泉に行くだろう
上司のどんな長い説教よりも耐えかねる
熱い湯とその沈黙を買いに
俺はあした温泉に行くだろう
事務所の背もたれとしてはまったく機能しない岩肌
そのまったく気づかいのない極めて武骨な感触を味わいに
俺はあした温泉に行くだろう
地球の流す汗水が人間の流す汗水と混じり合っている
ああ 静かにせせらぐという手段で
温泉は湯気が出るほどにそれ以外の事を黙り込んでいる
温泉は極めて無口な地球の代弁者だ
冷え切った冬の仕事帰りの背骨を癒すには
それだけで十分に事足りるだろう
そしてときおりに白鳥たちの鳴き声が竹壁の仕切りを超えて
極めて神聖に聴こえてくるだろう
この北の地の静寂の中ではどんな白鳥の鳴き声だって
トゥオネラの川から聞こえてくる
シベリウスの交響詩となってくれるだろう
俺はあした温泉に行くだろう
俺はあした地球そのものを買いに
最後に牛乳瓶に入った一本のフルーツ牛乳を
グイッと生命の水を飲み干すように
ああ 俺はあした温泉に行くだろう


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