Jack et Jacques/墨晶
 
専門を捨て、転科し、実践を経験したのは正解だったと今思える。あの頃、もうわたしは、抱えていた患者達とは向き合えなくなっていた。鏡を見入るような日々。わたしは壊れそうだった。
 最近になって、今更だが気付いた。手術室でメスを持っているときだけが平静でいられる。患者の身体を切り裂いているとき、わたしは癒されている。つまり、きっとこれがわたしの欲望の成就なのだ。上手いと云われているが、縫合まですべてやっていることなど、ただ義務でやっているに過ぎない。そんなことよりわたしの欲求は、もっと人体を切開切断をしたいと云うことなのであり、それ故、仕事を終えたわたしは廃人のように放心している他はないのだ。


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