虚無の笑い/紀ノ川つかさ
 
虚無の笑いというものが
実在するのか分からなかったが
ずいぶん身近にあるものだ
彼はいつでも笑っている
彼は痛いところを見つけて突くのが大好きで
突かれた人が痛がったり
それを見ている人が怒ったり嘆いたり
そんな大騒ぎを見るのが大好きだ

彼には守るものがない
守るものを持ってしまうと
何かしら痛いところを持つことになる
それは不備であったり
矛盾であったり
ただの言葉の間違いだったりするが
守るものが大切であればあるほど
突かれた時の痛みが大きいから
それを必死に隠すか
痛くないんだと強がるか
そんなものの存在を否定するか
そんなことしかできない
その姿は確かにこっけいだ
守るものなど持つべきでないことを
彼はよく知っている

だから彼の笑いは
何かを守れたり救えたりした笑いではなく
ただ人の慌てぶりが愉快なので
笑っているだけなのだ
心から笑っているわけでもなく
それは何もない虚無の笑いだ
彼に痛いところを突かれたら?
何もしなくていいよ
すぐに関心をなくして
去っていくだけだからさ

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