糸杉/嘉野千尋
 

  峠には若い糸杉の木が一本生えている
  すっくと立ち、
  天を指差して
  糸杉の木が、生えている


  峠の糸杉から少し離れたところに、
  朽ちかけた切り株がある
  それもまたかつては一本の糸杉であった
  天を指差す糸杉の木であった


  秋の夕暮れ
  若い糸杉の影が伸びる
  音もなく、峠の道を伝って
  そっとそっと、切り株へと影を伸ばす


  ふれる一瞬に、
  日が落ちた
  山々の稜線は黄金に輝き
  華々しく一日を飾った


  闇に溶けた糸杉の影
  もう少しでふれられただろうに
  あと少し、大きければ
  ほんの少し、影が伸びれば


  峠には糸杉の木が一本
  やがてその影も切り株へと届き
  そして天を指差すその若木もまた、
  朽ちて還るその一瞬に向かって
  短い影を伸ばす切り株になるのだろう




戻る   Point(8)