詩の日めくり 二〇二一年八月一日─三十一日/田中宏輔
 
二〇二一年八月一日 「断章」


 かれがおれの体内に横たわっているうちに、そのアイデンティティは永久に消滅していった。かれを二度と解放するつもりのないことはわかっており、かれの真実の飛行は、今やこのリムジンのバックシートに腰をおろしたおれの体内の大空でおこなわれていた。若者の自我の最後の微塵が、今日の午後すでに体内にとりいれた三人の子供たちのかすかな叫び声を追って、おれの脊柱の薄暗い通路をくだっていきながら、おれの血液の暗いアーケードのなかに消え去っていった。 
 最後の数秒間、かれの肉体にまたがってその最後の夜にかりたててゆくと、かれはおれの体内に舞いあがった。その体にまたがりながら、
[次のページ]
戻る   Point(14)