未完成協奏曲/メープルコート
 


 酷暑の中、日傘もささずにこの村を歩く者がいる。
 正午の鐘が鳴る。
 家々の窓は固く閉ざされている。
 黒いマントを纏ったこの男は、片手にステッキを持ち、長い石畳の坂を上ってゆく。
 この男の他に、道行く人は見当たらない。
 蝉時雨の中、男は坂を上ってゆく。
 
 小高い丘の上から海が見える。
 海は凪いでいる。
 沖の方の大きなタンカーが小さく動いている。
 丘の上に建つ屋敷の窓は開け放たれている。
 屋敷の二階、広いヴェランダには小さなテーブルと籐椅子が二つ置かれており、
 一人の老婆が長い手紙を書いている。
 
 黒マントの男の顔には深く皺が刻まれていた
[次のページ]
戻る   Point(1)