爪/やまうちあつし
 
胸に張り付いて剥がれない夕焼けがある
そのまま世界を焦がしてしまいそうな
夕焼けが
爪でカリカリこすっても
裏側にこびりつきいっこうに剥がれない
夕焼けの下では
とある母子が散歩していた
河原は橙色に染められ夢のよう
娘らは無邪気に飛び跳ねていただろう
好きな炭酸飲料でも買ってもらって
上機嫌な散歩だったかも知れない
けれど母親はそうではなかった
抑えようのない猜疑心で
幼い娘らを連れて
歩き回るしかなかっただろう
それこそ世界が
自分の知らないところから
少しずつ焦げ付いてゆくようで
同じ夕焼けの下
四角い箱の中の人影
地を這う爬虫類さながら
二枚に裂けて動く舌
喜悦と嗚咽と恍惚で
背中に何度も立てる爪
そのとき
西の空もろとも
焼け焦げてしまえばよかった
あるいは黒焦げになったほうが
分相応であったかも
夕焼けは今でも
胸の裏側に張り付いたまま暮れなずんでいる
どんなにカリカリこすってみても
そんな獣のような爪では
剥がれない
橙色に汚れた爪が
宙を掻きむしる
やまない
胸焼けのため

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