どうしようもない高層ビルが/佐々宝砂
どうしようもない高層ビルが砂煙あげて物静かに崩壊していった。それはいつだったか、たぶん去年の五月のことだ。もう終わってしまったゲーム盤の上で人々は右往左往していた。怒鳴り散らしていた頼りがいのある審判は、先週の土曜日に姿をくらましてしまったのだ。怒号さえ懐かしくてたまらなかった。五月の風は青く、椎の花の香りが漂っていた。ゲーム盤上のひとびとは、取り残されたことを認めたがらず、自分たちのコスチュームに次々とさみしい名前をつけあっていた。夏はもうこないだろう。
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