稜線/山人
てよかった。そう思った。
美しい宝石群を愛でながら、食物を胃に収めるという幸福はこの上ないものだ。このおびただしい宝物を一人占めできたのだ。
稜線まで四時間を要していた。もう少し春に近い時期ならば、焦ることもなかったが、まだ大寒を過ぎたばかり真冬だ。行動に見切りを付けなければならない。六時五十五分に出発し、正午まで登りの行動を許していた。が、そこから先は仮に山頂に近い位置まで来ていたとしても、途中撤退を決めていた。
八合目の皿を伏せたようなピークで十一時五十分を差していた。ここまで来て行かないという選択肢はあるのだろうか、そう思った瞬間、いくつかの期外収縮が私に待ったをかけた。やはり行くなということなのだな、と私は踵を返した。
時折現れる矮小の灌木の樹氷(モンスター)が雪原にオブジェのようにたたずんでいた。
美しい日だった。数えきれないほど登った山ではあるが、その日毎の表情があるのだと思った。この先、私はどのくらい登ることができるだろう。しかし、もう二度と来ることはないとしても後悔はないと思える日だった。
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