遠いひと/佐々宝砂
洞窟の奥には博物館があり
毛足の長い絨毯が少女の足音を消す
夢をみているのだと少女は知っている
ほこりくさい陳列棚の前に
黒い服を着たひとが立っている
遠いひとだ!
5
朝が訪れるたびに
それと知らず 少女は
黄泉平坂でふりむき
きれぎれの夢から覚める
遠いひとは遠くで眠り
眠りながら少女に歌いかける
いつかは死ねるという慰めと
いまは生きねばならぬという命令
朝の光に半身を焼かれ
残る半身を夜の半球にとどめて
少女は夢を封印し
腐敗した肉が甘く匂う
汚れた台所で
朝食の支度をした
ジェイムス・ダグラス・モリソンに捧げる
(18歳のときの作品、未刊詩集「異形小曲集」より)
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