遠いひと/佐々宝砂
 
 1

少女は夕暮れにオルガンを弾き
聞き覚えたメロディを拾う
不安定なコードで単調な伴奏を繰り返し
遠い歌声に耳を傾ける

暗い森の奥 澱んだ沼の畔
彫刻のように動かぬ蟾蜍(ヒキガエル)を従えて
遠いひとは 古代の仮面に顔を隠し
うつむいて甘く低くささやく

あるいは オートバイで疾駆しながら
割れて掠れた声を虚空に投げる
雨に濡れた髪が闇に融ける

少女は自分が傷ついて血を流したと思う
黄ばんだ鍵盤をでたらめに叩くと
遠いひとが遠くで嘲笑った


 2

少女はゾンビ映画を偏愛した
汚穢と血と泥が氾濫する画
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