雪のバス停のお婆/月夜乃海花
 
いる。自分だけが夢に迷い込んだような、真っ白な雪の世界。それは本人にとっては美しいのだろうか。今もバスの匂いが鼻にこびりついている。

私が後に塾を辞めたら、もちろんお婆と会うことも無くなった。
さらに、地下鉄を使うようになったのでバスに乗ることも無くなった。

数年後、父と百円ショップに行った。その時にある老婆から話しかけられた。
「あんた、何処かで会ったでしょ?」
私はその声を知っていた。紫の髪に例のダウンジャケット。何も変わっていなかった。そして、何よりもお婆が私のことを覚えていることに驚いた。というよりも、恐怖心を抱いた。お婆は真っ白な世界に居たのではなく、きちんと私とコミュニケーションを取っていたのだ。むしろ、何も見えず聞こえていなかったのは、私の方でそれを理解してしまうのが、怖い以上の本能で言い表せない感情を抱いて、そのまま動けなくなってしまった。
「早く行くぞ」
父が私の名前を呼んだ。私は彼女から逃げるように去った。
彼女は私を覚えていたのだろうか。小さな私を。何も知らず無垢な雪のような私を。
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