叙述/幽霊
一人の女が私に見られている。女はじっと立っていて、私はそれをじっと見ている。
髪の毛が生えていて、それは男とするならば普通だけれども、女なら短い、ショートカット。顔を知ることができない。私は女の背中を見ている。
ミルク色のパーカーにコーラ色のズボン。靴下はかりんとう色。スニーカーには黒い線が三本走っている。
黒いリュックサックを背負っている、黒い。黒い、そうしてそれは製造過程でLeeという文字を配られたらしい。青いストラップがファスナーの穴に取り付けられている。
私はその青いストラップがなんであるかを調べようと目を 電車が来た、目を細めたと同時に電車がやって来た。
冬の朝、駅のホーム。巨大な風が我々の熱を少し攫ってどこかの春へと逃げ去った。ぞろぞろ、電車は呼吸するように私と女とその他を吸った。
女は車内の人混みに溶けて無くなった、青いストラップの正体も同じように。
私はあの女になんにも思わなかった。
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