堕天/福岡サク
 
翼をもぎました
背中がかるくなりました
しとどに流れる血 真珠色の血あふれて
ふたすじの傷口を 白南風(しらはえ)がなでて過ぎゆきました
すずしい背中
六月のこと

あなたの手をとりました
褥(しとね)には茨がしきつめてありました
すこし 痛いけれど
いいえ 平気です
だって 黒い茨花(ばら) つぎつぎに咲くのですから

夢のようです あなたに抱かれること
あなたの執着を得たこと
あなたに飼われること

夢のようです 涙があふれます
あなたの貌がにじんで見えない
愛に盲(めし)いた琥珀の瞳

ばらの棘で両の眼を刺して
あなたの棘で麻酔をうけて
翼はもいで棄てたから もう わたしはただのおんな
寝台の上 仰向けになり あなたの重みを受けとめる ために
背の翼
邪魔でした 翼
それが堕天の理由のすべてです。


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