美しい一手/花形新次
大して強くもない将棋だが
美しい一手があることは分かる
今はソフト評価値と最善手を
見ながらの観戦だから
昔のような感動は少なくなった
ただ、ソフトとの一致率で
凄いとか凄くないとか
言っているだけだ
味気なくなってしまった中で
羽生善治という人は
今も昔も
勝つことよりも
美しい一手にずっと拘って来た
私にはそう思える
G・H・ハーディが
数学の公式や証明にも
美醜があるというのと
同じように
将棋の指手にもあるのだ
最終盤で
大駒を惜しげもなく捨てて
華麗に敵玉を詰めるとき
羽生善治の手は
必ずと言って良いほど震える
美しい女性を
探し当てたときの
私のポコチンのように
戻る 編 削 Point(2)