三途川/田中修子
 


 わたしのつとめるお店は、川の流れの中にあります。
 三途の川は、風光明媚なところです。

 ときおり、母をおもいだします。

 不思議なことに、わたしの居る部屋の襖に、いつのまにか蝶の舞う絵が描かれました。青い羽根のキラキラした鱗粉が、賽ノ河原にふわりと流れると、そこだけ光に満ち満ちて、石を積んでいる子どもも、見張っている鬼たちも、キャアキャアと歓声を上げ、手を結んで踊りだします。
 今ではお客も滅多にありません。わたしは思い出しうる限り、指先を噛んで、母の姿を蝶の上に時たま重ねていきました。
 何年、何百年経ったか分かりませんでしたが、ある日わたしは、母の姿を完全に描いた、と思いました。そうしたら襖の中から、蝶の羽をふわりと背にかかげた母がおりて来たのです。
 母はあのころのままの天女のように降りてきて、わたしの首に、あの優しい微笑みで、手をかけてくれるのでした。
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