金星/本田憲嵩
 

シートを倒して
ほんの少しだけ眠りについた
前座席の両側の窓はほんの少しだけ開けてある
青い波の音
行き交う人々の声 その足音の喧騒
自動車の発進してゆくエンジン音
それらの流れ
いつだって変わらぬ潤いのある営み
いつだって変わらぬ歴史の水を含んだ風に心地よく晒されながら
身体に纏っていた諸々の書面と字面は
とりあえず剥がれ落ちてゆく


陽はいつのまにか沈み
人々や自動車までもが
駐車場からもはやすっかりと剥がれ落ちてしまった
まるでいつまでも取り込まれずにいる
物干し竿の夜の洗濯物
ヘッドライトを付けて自動車で道の駅を後にする
とおくの海では小さな漁船が明るく灯っている
その金星からぼくは敢えて遠ざかろうとする


(本格的なドライブへと乗り出す前に
 ついでに会社の前を通り過ぎていた
 駐車場には休日だというのに
 何台かの車が停めてあった)


剥がれ落ちた諸々の書面と字面は
明日の朝 制服の左ポケットにすぐ纏えるように
紙のメモ帳として鞄の中から取り出して
すでに助手席の上に置いてある


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