go back on/ホロウ・シカエルボク
 
享受したら人間はきっと馬鹿になってしまう、爪先が濡れながら景色を更新している、ヴァイオリン・ソナタはもう、はるか後方で曲目をチェンジしているだろう、音楽も、文学も、風に消えない足跡が欲しいと願ったものたちが血眼で追い続けた結果だ、遠雷が聞こえている、スマートフォンが地震速報をキャッチする、路面電車が恐竜の鳴声のような車輪の軋みを聞かせながら通り過ぎる、雨はほんの一時、長い息を吐き出すみたいに降り続いてすぐに止んだ、水溜りに灰色の空が写る、音楽を聴きたいと思ったけれどイヤホンを持ち合わせていなかった、けたたましいサイレンを鳴らして救急車が交差点を通り過ぎる、目を凝らしてみたけれどそこに寄り添っているかもしれない死神の姿は見えなかった、狂ったように人が行きかっていた、少し早足過ぎると思った、ほんの少し太陽が覗いたけれど、雲は去って行かなかった、誰もがすべてを喋りきらないまま進行している、俺はすでに明日のことを考え始めていた、けれど、それは目的ですらなかったし、俺自身に関係があることかどうかすらもよくわからないままだった。


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