詩の日めくり 二〇一六年六月一日─三十一日/田中宏輔
 

 帰りの電車のなか、マイケル・シェイボンの『ユダヤ警官同盟』下巻を読んでいた。途中で乗ってきた二十歳くらいのノブユキに似た少しぽっちゃりした青年が涙をためた目で、隣に坐ったのだった。青年はときどき洟をすすっていたが、明らかに泣いた目だった。恋人と悲惨な別れ方でもしたのだろうか。

 ぼくは、ときどき彼の表情を観察した。貴重な瞬間だもの。涙が出るくらいの恋愛なんて、一生のあいだに、そう、たびたびあるものではない。少なくともぼくの場合では、二度だけ。抱きしめてなぐさめてあげたかった。でも、まあ、電車のなかだしね。観察だけしていた。

 マイケル・シェイボンの『ユダヤ警官同盟』下巻さいしょの
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