詩の日めくり 二〇一五年十一月一日─三十一日/田中宏輔
 
二〇一五年十一月一日 「海に戻る。」


 ぼくはまだ体験したことがないのだけれど、おそろしい体験だと思うことがある。自分がどの時間にも存在せず、どの場所にも存在せず、どの出来事とも関わりがないと感じることは。どんなにつらい体験でさえ、ぼくはその時間にいて、その場所にいて、そのつらい出来事と遭遇していたのだから。

 詩があるからこそ、季節がめぐり春には花が咲くのだ。詩があるからこそ、恋人たちは出合い、愛し合い、憎み合い、別れるのだ。詩があるからこそ、人間は生まれ、人間は死ぬのだ。詩があるからこそ、事物や事象が生成消滅するように。つまり、詩が季節をつくり、人間をつくり、事物や事象をつくる
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