花桃の木/黒田康之
 
昔、愛した女の庭には
大きな花桃の木があった。

その木は
春になると
その女の唇のような
濃い
桃色の花を枝いっぱいにつける。

その花びらひとつひとつは
どうしてもその女の爪の形だ
私にとって春は
その女の体温の到来で
陽だまりには
どこか獣じみた
その女の皮脂の匂いがある。
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