夕焼けの記憶/道草次郎
、生命へのどうしようもない、縋り。それだけだった。生きていたい、死にたくない。生きていられたら、それさえ保証されたら自分はどんな酷いことでも平気でするだろうという直感。それだけだった。
悲鳴と、その悲鳴が途絶える瞬間とがあった。
少女の叫びがあった。
生々しい、怒りの表情があった。
狼狽える視線の交わらなさがあった。
安逸の罪悪感が、そして罪悪感を感じてもなお抗し難い安逸への誘惑があった。
敗北があり、残った者はその敗北を口にする術を知らなかった。
何ものも終わってはいない。
灰となったものなど一つとして無いのだ。灰となりつつあるものだけが、まだ、この懐でもえている。小さく、小さく、燃え盛っている。今は、それのみが言える。だたそれのみが。
あの日、ぼくは死期の近い人のそばにいた。そして祖父の言葉に立ち竦むほか無かったのだ。
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