詩の日めくり 二〇一五年六月一日─三十一日/田中宏輔
 

女が立っていた。
「悪戯ですか。」
表で見た貼り紙が、くしゃくしゃにされて、女の手のなかで握りつぶされていた。
「どうぞ、上がってください。」
言われるまま、家のなかに入って行った。
「息子さんはいらっしゃるのですか。」
「奥の部屋におりますわ。」
女は、私の履き物を下駄箱に仕舞った。
「会わせていただけますか。」
「よろしいですわよ。」

案内された部屋に行くと、一匹の巨大なヒキガエルがいた。
──ピチョッ、
ヒキガエルの舌先が、私の唇にあたった。
舌先が、私の喉の奥に滑り込んだ。
──おえっ、
──パクッ。
私が吐き出した魂を、ヒキガエルが呑み込んだ。

外は、すっかり日が暮れていた。
「もう何年も雨が降らないですね。」
「雨はみんな、わたくしが食べてしまいましたのよ。」
女はそう言って、新しい貼り紙を私に手渡した。

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