城/墨晶
 
隙間から手を差し出すと、冠毛はふわふわと手のひらを離れ、月に向かってゆっくり飛翔していく。
「そうか」
 男はそう云うと音を立て雨戸、硝子戸を閉め、酒をあおって寝てしまった。

 しばらく、男が天井を見上げても、そこには主がいなくなった蜘蛛の巣が揺れているだけだったが、蜘蛛がいるかのように巣に向かって話しかける日々が続いた。しかしやがて以前のような無言の生活に男は還っていった。

 ある朝、男は目を覚まし、紅茶だけの朝食を終え、洗面室に歯を磨きに行くと、洗面台の鏡に黄緑色の蜘蛛が一匹、いつかの朝のように、毛髪のような細い長い脚を開いて留まっていた。
 そして、その夜、

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          了
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