過去から歩いてきた血液 他一篇/道草次郎
 
だ。だから、お前はそういうことを気にするのだし、あの彗星がもたらす破滅や、家族みんなが樽に刺さった黒ひげ危機一髪みたいなこの有り得ない状況設定も、それだからこそ成立してるのさ。ほら、このとおりとおさんの顔だって虎になる」そう言うと擬似父の顔がコロイド状にぐにゃりとひしゃぐ。すると、いきなり虎に変貌してしまった。琥珀のような黄色の牙は年輪を刻んだそれにしか見えないではないか。擬似父は隣りの擬似母に何事かを呟くと、老眼鏡をかけ朝刊を読み始めた。ぼくは疑似母に聞いた。「ねえ、彗星がこわくないの?」擬似母はきっとそう問われるだろう事を想定していたかのように「そんなこと言ったってしょうがないでしょ。だってジャスコへ行かなきゃならないんだし」と小さなため息をついた。兄はイヤホンをしてひたすら携帯ゲームに没頭中だ。ああ、たしかにジャスコには行かなきゃ。南西の窓には南西の空があり、その向こうには南西の彗星がいよいよ迫って来ている。美しくもない黄昏の名、それはカタストロフ。ぼくは思う。ああどうしよう、どうしてもジャスコへ行かなきゃ、と。




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