冬のシネマ/石瀬琳々
ガラス越し
ひとつの思い出が横切る午後
指をのばしてももう届かない影よ
その横顔はいつか見たシネマ
唇が動いて――と言った
蒼いカモメの夢を見た
夜明けの波濤を翼で風切る姿を
微笑みだけが慰めのはずだった
今はあなたのまなざしだけが
風のドアをひらいて
かかとを鳴らし歩いてゆく
革の手袋をはめる淋しげな背中よ
その後姿はいつか見たシネマ
指が動いて――と言った
記憶の海ははるか
蒼いカモメを胸のうちで飛ばした
あの歌をいつも口ずさんでいた
雑踏のなか 光射すほうへ
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