遺失の痣/ホロウ・シカエルボク
 
ったのか?」うん、「ひとつだけおかしなことがあったよ」俺は浴室のことを話した、女は黙って聞いていたが、俺を見たまま急に目を大きく見開き、途方もない悲鳴を上げた、目一杯歪ませたギターの高音弦のような声だった、俺は唖然として、悲鳴を上げる女とただ見つめ合っていた、永遠に続くのだろうかと思われた悲鳴は電源を切るみたいに途切れ、女は立ち上がり、唯一の道へ向かって駆け出した、追うべきだろうか、と考えているうちに別の世界に吸い込まれるみたいに消えた、俺はしばらく目の前の景色を眺めていたが、それ以上もう何も起こらないだろうと悟ると、立ち上がり帰ることにした、玄関を出て、少し歩いたころに、背中で何か小さな音を聞いたような気がした、振り返るとさっきの女がさっきと同じように玄関に腰を下ろして、俺を見て微笑み、さよならという風に右手を振っていた、俺は右手を振り返して、そのまま国道へと戻った、自動販売機で飲物を買い、自分がまだ生きていることを確かめた




道に落ちたものばかりが語りかけてくる。


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