新居/墨晶
の後ろ姿を見るのを途中にドアを閉じると、何か大きな物同士がぶつかり合うような音が聞こえた。わたしは薬缶に水を汲み火に掛けた。
気分を戻したくて熱い焙じ茶を飲んでいると、今度は救急車の騒音が遠くで喧しい。もう外出する気分ではなかった。気が付けば、わたしは台所の隅の小さなテーブルで、鳩色のベレーをかぶり、コートを羽織ったまま数時間、お茶を飲んでいた。
夜、寝床で読んでいる今日三冊目の本は読み終わりそうにない。もう眠くなってきた。町内の徘徊は次の休みにしよう。そのときは寂れた商店街の気になるあの喫茶店に入ってみよう。わたしは枕元の電気スタンドの灯りを消そうと紐に手を伸ばそうとしたが、ふと、それを止め、スタンドの傍らの畳をトン、トン、と拳で軽く叩いた。すると、コッ、コッ、と床板の裏側を叩く固い音がした。
「そう、また付いて来ちゃったのね」
わたしは灯りを消し、布団を頭からかぶって横向きに寝た。
「でも、どうしてそんな暗い黴くさいところに居るのが好きなのよ?
あなた」
了
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