写真家の春/阪井マチ
 
遠くを見ているような目をしていた。映画のタイトルと事情を伝えたところ、あの映画を現在観ることは確かに難しい。しかし少量であるもののパンフレットが出回っておりちょうどさっき二駅先の町の古書店で見掛けたところだ、と懐かしそうな表情で教えてくれた。
 別離は早速その古書店を訪れることにした。その古書店のある町では実験的に導入された情報通信設備による景観が観光資源となっていた。それは町中に張り巡らされたチューブ状の伝送路であり、高密度の電子記録媒体がチューブ内を高速で移動することによって高速大容量の通信を可能にするという代物であった。駅から古書店までおよそ二十分の道のりを別離は歩きはじめた。そのときちょうど伝送チューブの傷みが限界を迎え裂け目ができ、裂け目から大量のメモリーが飛び出して道路に降り注いだ。別離はその雨をおびただしく浴びたために全身が何とも分からなくなるほど掻き崩され一瞬で命を失った。それがかつて人間であったことが信じがたいほど別離が広範囲に拡散した。
 写真家の春は血にまみれた春。
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