意味教徒/消費者
この景色の画竜点睛がある。
この我が人生、芸術作品と嘲けずに何とするか。
厳密には、意味的に、あるいは目的的に
意味を脱ぐことはできないと申し添えよう。
だから人は狂うと言われても安易に否定できないほどには、
それは潜在的に俺らに取り憑いて離れない。
だから、俺らは衝動と脊髄の反射でしか
人生を塗り替えることができないのを知っている、
太古からの意味教徒である。
高級な意味と、綻びのない理由とが、
あのビルを、あのビルを、
このビルも、そのビルも、
全てのビルの外壁とアスファルトを
ガチゴチに塗り固めて一糸乱れない。
そのガチゴチに切り取られた霞ヶ関の四角い夏の空を
一頭のクジラがゆっくりと横切っていった。
大きな黒い影が、灼熱のような街角の体感温度を奪い
人々は一様に空を仰いだ。
もはや塁を珍走する芋に目をくれる者は誰もいなかった。
皆、空を泳ぐクジラに夢中でスマホカメラを向けた。
それは桁違いに美しい無意味だった。
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