エメラルドグリーンの流れとねずみ大根と女郎蜘蛛の話/道草次郎
そうだ。それがぼくだった。それがぼくのまぎれもない姿だった。大岡という名のさびれた道の駅。その汚い男子便所の左手に突如として広がる絶景をぼくは忘れることができない。旅人でなくとも意表をつかれるような千曲川の美しさがそこにはあった。ゆるやかなエメラルドグリーンの流れと至る所にそり立つ急峻な岩肌。山水画のようだね、と言いかけて思いとどまったのは今は昔。
妻はなぜか大根とねずみ大根を手に持ち、その道の駅の野菜売り場に立っていた。ねずみ大根だけを買うと言っていたくせにだ。ぼくはなんだか急に面白くなくなって、殆どぶっきらぼうに外へ出て待つことにした。秋風が吹き始めたばかりの頃で、山はま
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