手探りで/ふるる
 
なかったのか
そびえ立つ大きな固まりが空を持ち上げて
山は大きな人だった
夕焼けは毎回燃え夜へと消え
叔父はあの向こうへ
多くの疑問を残し
黒い雲を沸かせ
雷を呼び

先の大雨で山肌はただれ
河は壊れた
呆然と見つめる横顔の中で
そんな時はうつむいてしまえばいいのだと知っていた
いないのに必要なときは蘇る
風や雲とともに
切れるほど青い空にすっと雲がかかり
嫌な思い出もあんな色に塗れたらいいなと叔父は形のよい唇でつぶやいた
淡々とした叔父にも嫌な思い出がかぶさっていたのかと
今驚いている
イチ、と猫を呼ぶ声は低く
姉さん、と呼ぶ声は少し高く
なんとなく過ごしているうちに年を取り
恋も愛もなく通りすぎ
今は老いた母と二人暮らし
昨日介護退職をし
とても深くて青いような困難が立ちふさがり
叔父ならどう答えるか
うつむくのか
淡々と書き付けるのか
すりきれた記憶から
手探りで思い出している

母は毎日誰もいない玄関に向かって
おかえり
と言う








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