始業の鐘/道草次郎
に顔をうずめたいかり肩の人の群れが大型冷蔵庫の中から溢れ出して来る。
鉛で出来たような意志を隠そうともせず、迂闊さや些細な不幸というものには一切関心を示さない彼等は、時候の挨拶の如き強さを持ち、確固な一個の歯車として周到に体勢を整えつつあるのだった。
赤い屋根という名前の直売所から緋色のエプロンをした二人の女性販売員が姿を現すと、店先に屯していた鳩達がデジャヴのように一斉に飛び立つ。
斜向かいの鍍金工場の煙突からは気化した有毒物が排出され、糜爛した大気を醸成し始めている。
その向こうでは登校途中の小学生が蟻の行列のように歩道を占拠している。
今にも消え入りそうな希薄な雲がひと塊ずつ静かに空を動いてゆくと、はじまりの、始業のベルが鳴る。
戻る 編 削 Point(2)