湯豆腐/墨晶
 
・え?」と云う。
 コバヤシの籠には六丁の木綿豆腐のパックがドサドサと入っていた。
「そんなに豆腐、どうすんだ?」
「あー、湯豆腐」
「・・夏だぞ」
「おい、変なこと云うなよ。湯豆腐は好物だ」
 〈湯豆腐〉と〈夏〉と云う概念同士の接続によって作動するものがあるとすれば、私にとってそれは未知だが、それは当たり前のものなのだろうか? また、生前、コバヤシの食い物に関する嗜好を聞いた事は皆無だったが、〈コバヤシの湯豆腐好き〉は公然の事実でオレが無知なだけ故にオレの発言は〈変〉なのだろうか?
 煙草を吸いまくり、濃い珈琲とヴォトカをガブ飲みし、ただピアノを弾くだけの為に生きていた男に、

[次のページ]
戻る   Point(3)