無題/朧月夜
(透明ではない)
(灰色の一匹の魚)
透明ではない、薄く曇った一つのガラス球のなかに、
一匹の魚が泳いでいる。それは灰色。
「もう泳ぐのに疲れてしまった」と、魚は言う。
わたしたちはそれを聞き届ける。
魚の声を聞き届けるのは、神ではない。人だ。
魚は言葉を発することは出来ないが、
それはたしかに耳に響き、
鼓膜を揺らす。
細い蝋燭の火のように、
いつかはやがて今日になって、
昨日忘れていたことを思い出させる。
それは遠い過去の記憶。
薄く曇ったガラス球のなかで、
一匹の灰色の魚は泳ぐ。
それはねずみ色、曇り日の空の色。
懐かしさと、
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