【家庭の詩学】 #4 「味*素」のはなし/043BLUE
 
して体全体の「感覚」を研ぎ澄まし、「味見」「経験」を重ねてゆくことだろう。そうやって、他の人の良い作品も自分の作品も、その味を「体で覚えてゆく」ことを続けてゆくべきだと思うのだ。

  ぼくは別に「詩学」を否定しようとは思いません。かの魯山人も「化学調味料も少量であればすばらしい味付けになると」言っていたそうだ。また、料理において「基本技術」はやはり不可欠なのもわかる。(包丁の使い方とか、下ごしらえの仕方とか)大切なのはバランスですよね。

  さて、今回もつかみどころのない話になってしまいました。。#2で「詩」が「知的・精神的なコミュニケーション」となりうるということに少し触れました。次
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