とどけるために/岡部淳太郎
 
どれだけ笑い、知らぬふりをしようと、それらは
ただの無に過ぎない。多くの無のなかで、思いをこめら
れた有だけが正しい。時にそうした思いと関わりのない
誰かの手が言葉に触れ、汚れた指紋を押しつけては、無
のなかにさらっていこうとするが、それに成功したとこ
ろで、思いは同じようにこめられ、とどけるために、何
度でも言葉は旅立つ。そのたびに星は強く光り輝き、他
の星とともに意味ありげな配列をかたちづくり、彗星は
天啓のように空を横切るのだ。とどけるためには、思い
のみが信じられ、思いのみが希望だ。今日も思いはこめ
られ、言葉は虚空に放たれる。それらの言葉が宇宙に充
満して、いまや、有の隙間に無が点在しているかのよう
だ。天の星ぼしの川がゆっくりとうねり動き、地上では
コップから水がこぼれ落ちる。その間も、思いがこめら
れた言葉は漂い、その宛先へと、透明な水のように流れ
てゆく。ただ、とどけるために、とどくことを願って、
言葉は湧出し、絶え間ない歌や、物語のように響いてゆ
く。君にとどけるために、僕の言葉もそこにあるのだ。



(二〇一六年五月)
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