春風に吹かれてる/石村
 

 といふのが
 かなしい女の
 さいごの言葉さ》

 ははあ
 さうですかい
 で さみしい男は何と?

《さあね 知らんよ》

ほつぺたを掻きながら
長生きのカラスがまたうそぶく

《なんてこたあ ないんだよ》

さうかもね
なんてこたあ ないのかも

どのみちさみしい境涯で
どのみちかなしい人生だ

幸せなきぶんで あの世に行けるなら
それに越したこたあ ありませんわな

それにしてもだ
さみしい男はどうしたんだ

幸せになつちまつた女と
春の海に身をなげる前に 何かしら
気のきいた科白のひとつでも
のこしたのか
のこさなかつたのか

行きずりの女とひと晩愛し合つて
ちつとは気が晴れたのか それとも
さみしい男はやはり
さみしいまま
だつたのか

どうもそいつが
気になつて
しかたないのだが

カラスはそつぽ向いたまま
うす雲たなびく空の下
春風に吹かれてる


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