地滑り/岡部淳太郎
 
風が誰かの歌を剽窃するようにして吹くと、地がふるえ
て滑る。それはその上に立っているだけの人々が、私た
ちは何者なのかという疑問をいまだに捨てきれないこと
と、相似を成している。一寸ばかりの地虫たちも、地の
下でふるえるだろうか。そんなありえない想像を置き去
りにして、今日も風は吹き、地は滑り、その上に立って
いるだけの人は転んでいる。また一つのよくある過ち。
そしてもう一つの使い古された子守唄。土にまみれなが
ら、泥と同化しながら、生きているということのありえ
ない意味を探し求めて、数億年の時が過ぎた。今日も風
は素知らぬ顔で誰かの歌を剽窃し、人は地滑りする生の
上で、必死に自らを保とうとしている。足下の土の下の
見えない堆積の向こうに、自分たちと同じような名前の
ない者たちの死骸が、埋められていることも知らずに。



(二〇一五年四月)
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