雨下の幻想/朧月夜
 
しずかな雨音をさせながら
はじめての春にふる霧雨は
朝のおそくに目ざました人らに
つめたい感覚をよびおこす

寒々しい白色の硝子(ガラス)戸のおくに
私の茶の色の瞳(め)のただなかに
ふきよせる風は残酷なまでに
私の肌に冷気をおくる

深紅の衣につつまれた姫様が
高いテラスのうえを進んでゆく
亡霊のような無表情に
着物のすそをはためかせながら

昨日まで女のねむっていた寝台に
右の手をそっとすべらせた者は
何者もすでにいなくなったことを知って
人もなく悲嘆にくれる

空虚な愛情のかけらを
三月の風にゆらめかした者は
私のしらないだれかさんだ
むこうでふいとふり向いている

高みのはかなな欄干から
そっと乗りだしてくらい深淵を
のぞきこんでいた姫様は 私に
むけて意地悪い微笑をおくる
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