記憶/青井
 
穏やかに広がる一日も
暮れてしまえば遠ざかる
音楽の鳴り止んだあと
空間のどこにもその音が
残っていないのと似ている

それでもその一日はそこにあったのだと
信じることを支えてくれる
そんな強くてしなやかな物語が
記憶を歴史に変えて
今日を明日に繋いでいく

いつか妻の実家の二階の畳の部屋で
娘に哺乳瓶でミルクを与えながら
口ずさんだ子守唄が
今のあの部屋のどこかで響いているのだと
心から信じることで音楽は蘇る

記憶はひとつの信仰だ
僕が僕であるという物語の上で
辛うじて成り立つ儚い幻想
誰もが自らを信じている
己が自らの歴史の上を生きているのだと

夕暮れが後ろ手に夜を連れてくる
柔らかな温もりもやがては冷める
名残を惜しむように微笑んだ誰かの影
おぼろげに覚えている
そう強く信じている


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