人さらいの街/岡部淳太郎
に見分けがつかなくなってくる
つめたい風は勢いを強めて吹いて
錆びた空き缶や街路樹の根元の枯葉を運び去る
乗り捨てられた自転車の車輪がからからと回っている
街外れの神社の境内には何者の気配もなく
そこで起こったとされる悲惨な噂話の残り香を
迷いこんだ野良犬が嗅ぎまわっている
街とその周辺の闇はますます深まって
人さらいは自らの影の中に身を隠す
閉ざされたものは さらにきつく閉ざされてゆく
ある子供はなおも街角で迷い
別の子供は自宅の寝台の上でふるえ
母親は夕食の支度の合間に昨日の新聞を開いて
そういえば確かに街外れのあの橋のたもとで
事件があったなどと思い出したりする
街は閉ざされている
人も閉ざされている
人はみな何もかもを忘れようとする
忘れられたものたちがばらばらになって
街のあちこちに散乱している
つめたい風が吹いている
雲が動いている
その間から星が見えている
鍋がぐつぐつと煮られている
人さらいがやってくる
(二〇一四年五月)
戻る 編 削 Point(2)