あの娘は灰色の中に消えた/ホロウ・シカエルボク
 
海を歩いたことなんてなかった、スニーカーの中に沢山の砂が紛れ込んだけれど、いまはそれを気にするべきではなかった、波は子守歌のような静けさで近付いては遠ざかって行った、それから一時間と少し歩いた、砂浜は陸から迫り出した巨大な岩で終わりになった、僕はしばらくの間その巨大な岩を眺めていた、四階建てのビルくらいある岩だった、ピーナッツの入ったチョコレートみたいな形をしていた、右手を伸ばしてそっと触れてみると、僕ほどではなかったけれど確かに体温を持っていた、さようなら、と僕は岩に言った、岩はごつごつした肌の隙間からおう、とごう、の間みたいな声を出して答えた、僕は向きを変えて堤防へと歩いた、遠巻きに海を眺めるように設置された味気ない壁を境に世界が切り離されたみたいに思えた、砂の重さに耐えながらあの傾斜を上って、堤防の内側に植えつけられた階段を上ったら僕の世界はそこで終わりになるかもしれない、その先のことは考えなかった、起こったことと起こらなかったこと、どのみちそのふたつしかここにはありはしないのだ。


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