サウンドとヴィジョンだけの短い夜の話/ホロウ・シカエルボク
 
になるべきさ、そうでなければ、自分の通過する景色にどんな興味も抱かなくなってしまう、それは知らないのと同じことだ、自分の歩いた道を、自分の歩いた世界を…軽い頭痛と、水道管の悲鳴、窓の虫が蠢くリズムは、いつしか俺の脳髄でオーケストレーションを展開していた、残念ながら、そのアンサンブルはあまり褒められたものではなかった、俺は立ち上がり、顔に水を浴びせた、光の変化に怯えた虫が飛び去り、楽団は退場した、誰も拍手ひとつしなかったし、アンコールもなかった、ただ、薄暗く冷えたキッチンがそこにはあるだけだった、濡れた顔をタオルで拭いながら、俺は耳の中で揺らめいた新しい詩のようなものについて思いを巡らせていた、もうすぐ本格的に寒くなるだろう、新しいブランケットも上着も持ち合わせがなかったけれど、それでもかじかんだ指でキーボードを打つことくらいは出来るだろう、インスタントコーヒーは少しの間睡魔を遮断してくれるし、こちらの気が変わらない限りミック・テイラーは繊細なソロを弾き続けてくれるだろう。


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