憎悪に似た朝/墨晶
 
れよりも、俺たちは互いに云い出しかねていた。何かを。

 女は燐寸を擦り煙草に火を点けた。卓子(テーブル)に投げた黄色い鳥が描かれた燐寸箱は、もう中身は僅かしか残っていない乾いた音をたてた。

「いい加減にしろ」
「いいじゃない 何よ今更 あたしたち もう」
「云うな!」

 女の吐く烟と息が見分けがつかない、凍えるような室内だ。
 ラジオのざらついた声が独りごとを云い続けている。少しでも意識を誤魔化そうと苛立ちながらダイヤルを廻した。
 やっと、遠く切れぎれに、音楽が。
 細部を欠いた記憶、映画 "Sal?" の終幕場面を手繰り寄せる。
 そうか
[次のページ]
戻る   Point(1)