無題/朧月夜
鏡を見て、そこに何があるのかを忘れた。
そこには何もないかもしれないし、
大切なものを置いていたかもしれない。
ふと車窓に目をやると、
昨日見た夢のような、悪夢のような、
彼岸の光景が広がっている。
(わたしは死んだのかしら?)
(いいえ、まだ生きている)
誰も聞いてはいない時間を、
誰も目を開いてはいない時間を、
目を見開いて見据えていた。
あの鎖のようなものは何かしら、
地から這い出る棘のようなものは?
重く、暗く、立ち込めている。
車外の悪夢が終わりますようにと……
祈りは決して通じないと、分かっていながら。
――
今ならば一人部屋のなかにいて、
誰のことも思い出さない。
積み木が崩れていく。
それは崩れてしまっても良い。
夜行バスでわたしは帰る。
その夜が怖くて恐ろしい。
わたしを取り込んでしまいそうだから。
あるいはわたしを殺してしまいそうだから。
(あ、毛糸で編むのを忘れた)
(あれはあなたのための毛糸だったのに)
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