彼岸/梼瀬チカ
 
彼岸       檮瀬チカ

手に仏花を携え
水を張った柄杓の入ったバケツを持ち
土砂の傾斜に崩れそうな石段を
一歩一歩昇ってゆく
快晴のその日に
やっとたどり着いた思いで
墓石の枯れた花や燃え尽きた線香の灰を払っ     
 てゆく
私が私自身が
「お帰り」と黙って墓石に告げている
数え切れぬ墓石が山の傾斜に添って
西を向いて極楽浄土を目指している
鴬の鳴き声に確かに聞こえていた
『ただいま』という
無音の声に頷いている
供花も終え線香の香りが漂う頃
繰り返してきた
合掌という動作
紡がれていく記憶と想い
憶えている人がたとえ途絶えたとしても
「私は憶えているよ」と呟いて
もう見えることのないあなたを想って
西の空を見ると、陽が傾きはじめ
今日の日の終わりに
あなたが帰らなければならない西の果てを
照らしていた


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